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| ハロアル新聞9月号より

ハロアル新聞9月号より

2017年12月1日 10:58 AM


「平成29年夏」

今年も早いもので9月になりました。我が国では旧暦9月を長月(ながつき)と呼び、現在では新暦9月の別名としても用いています。長月の由来は、「夜長月(よながつき)」の略であるとする説が最も有力であり、他に「稲刈月(いねかりづき)」が「ねかづき」となり「ながつき」となったという説や、「稲熟月(いねあがりづき)」が略されたという説もあるそうでまた、「寝覚月(ねざめつき)」の別名でもあるとのことです。

さて、今年の夏は皆さんいかがでしたか。東京の8月は前半ほとんどが雨でしたね。全国で見ても各地で大雨や洪水、異常気象がこれだけ毎年のように続くと単に天災で片づけることはできません。これらは、現代に暮らす我々が自分たちの欲望のままに生き、自然を壊し続けてきた、まさに人類のもたらした人災であると思うのですが皆さんはどう思われるでしょうか。

お盆休みに私は数日家族で実家のある兵庫県に帰省して参りました。最近では実家に帰っても家でのんびりすることが増えていたのですが、久しぶりに幼馴染たちと酒を酌み交わし、時間を忘れ深夜に及ぶまで昔話で盛り上がり楽しい時間を過ごすことが出来ました。家族ともどこへ出かけるでもなくゆっくり過ごすことが出来ました。本当に何気ないそんな時間が幸せなんだなぁと感じるようになりました。

8月16日、東京へ戻り私はどうしても子供たちを連れて行きたい場所がありました。それは千代田区九段にある靖国神社です。戦後72年目を迎える今年、初めて子供たちを連れ靖国神社を参拝して参りました。連日ニュースで北朝鮮のミサイルの問題や様々な近隣諸国との外交問題、いつのまにかミサイルが飛んできたときの避難を促す政府によるCMまでが流れる時代になってしまいました。ある日、5歳になる娘が「お父さんミサイルってなに?」と尋ねた時がありました。私は一瞬何と答えたらいいのか、言葉が見つけられませんでした。戦争を知らない子供たちに育てられた私たちが親になり、そしてその子供たちに戦争の愚かさ、悲惨さ、罪、などをどうやって教えていけばよいのか、また私たち日本人の今日の平和、幸せな暮らしを送れるのは誰のお陰であるかを教えたかったのです。拝殿の前に立ちそれなりに頭を垂れる娘を見ながら国のために命を賭した246万柱を超える英霊たちに心から感謝の哀悼を捧げる。

靖国神社は軍国主義の象徴だとか、右傾化の代名詞のように思われがちだが、この神社の成り立ち、歴史、そして意義を学び、理解すれば、靖国神社の存在ほど平和を愛し平和のために何をしなければいけないのかを考えさせられるものはないと思う。

拝殿の隣には「遊就館」というところがある。ここには日本国の歴史を伝える様々な資料が展示されており、その中でも国の為に亡くなった英霊の遺品には、周囲の空気が一変するような神聖な空間が存在する。私はたくさんの遺品を拝観させていただきましたが、特に未だ20歳前後の若者たちが残していった愛する者への「遺書」は涙無くして読むことは出来ませんでした。一言、一言、その凛とした文字、全ての「私心」を捨て守るべきものの為に死する「公心」の言葉は、何不自由なく暮らし、利便性、便利性を追い求めた現代社会に生きる若者たちの目にどう映るのか。

彼等が命を懸けて守ろうとしたものは何か…親が子を殺し子が親を殺す、そんな今の時代を彼らはどんな風に見ているだろうか。

遊就館にある様々な遺品の一つに「花嫁人形」がある。これは独身のまま散華した英霊たちへ、ご遺族がせめて「花嫁人形だけでも」と捧げられたものだ。静寂たる展示室に白無垢姿や色艶やかな着物を着た花嫁人形の隣には、若くして亡くなった我が子へ、兄へ、弟へ、ご遺族が送った手紙が添えられている。私はその手紙を拝読しながら、あまりにも無情な戦争という狂気の時代を恨むと共に、20代の若者が女性の手を握ることもなく、妻もめとることもなく死んでいったかと思うと、胸を突き刺すような思いにただ涙が零れる。花嫁人形の中に「桜子」と名付けられた人形がある。これは23歳の若さで戦死した息子に母親が贈ったものだが、そのお手紙の一節にこう綴られている。「貴男は本当に偉かった。日本男児と生まれ妻も娶らず逝ってしまった貴男を想うと涙新たに胸が詰まります。今日ここに日本一美しい花嫁の桜子さんを貴男に捧げます。」残された母親の心中は察するに余りあり、ただ涙が溢れる。靖国神社は決して戦争美化、軍国主義の象徴などではない。数千人を超えるあまりにも幼い若者たちの遺影、そして死を前にして綴る遺書、これこそが「もう二度と戦争を起こしてはならない」「あの悲惨な時代を繰り返してはならない」という平和の尊さを学ぶ神聖な場所ではないかと思う。

生と死の究極の葛藤の中、72年前、若者たちは神々しいまでの見事な文字と一言に魂を込めました。それはたとえ我が身が滅びようとも未来永劫、この国を守り抜いた自分たちに今の私たちが決して無駄ではなかったと思える国作りを託したのではないでしょうか。

静かな境内を無邪気に笑い声をあげながら走り回る娘たちの姿に「これが平和なんだ」「これが幸せなんだ」と心に強く感じました。こんな時代だからこそ私たちはもう一度平和について考えなければならないと思う。世界は一つ、誰かの不幸の上に成り立つ幸せなど存在しないということを・・・


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